01 空腹サクラの場合

 

02 嫌悪マリの場合

 

03 冒険イチルの場合

 

04 欲情ネネの場合

 

05 我儘コトハの場合

 

06 秀才シズクの場合

 

07 千夜子の場合

 ※重大なネタバレを含みます。

嫌悪マリの場合

 

 

■1

 

 車は唸りを上げて坂道を登っていた。車内が激しく揺れて、それに合わせてシートベルトがなに度も首に引っかかった。

 辺りは真っ暗だった。車のライトは道を照らしているようだけど、私は俯いているからなにもわからなかった。

 隣でママが、まっすぐ前だけを見て運転しているはずだった。怒鳴られたくなかったから、絶対にママのことを見ないようにしていた。

 急に車がストップして、私はダッシュボードの辺りに強く頭を打った。その痛みがまだはっきりと伝わってこないうちに、ママが車を降りて私のほうのドアを開ける。

 ママはなにも言わず私のトレーナーをぐっと掴むと、すごい力で引きずり出そうとした。シートベルトが限界まで引っ張られて私の首を締めても、そんなことはママにとって構うことではなかった。

 抵抗するのも怖かったから、私はなんとかシートベルトをどかして素直に放り出された。地面に倒れ込むと、冷たい土の感触がよくわかる。

 それからママは助手席を閉め、最後までなにも言わずに運転席に乗り込んだ。

 

 

■2

 

 少し前のこと。暗い部屋で、与えられた駄菓子を食べながら、私は食い入るようにテレビの放つ光に照らされていた。

 私が立っているとママは怒るし、なにか喋っても怒るから、そうやって過ごしているしかなかった。

 ママが変わったのはパパが死んでからのことだ。

 パパはすごく優しくて私のことを可愛がってくれたけど、パパがいない間、ママがどんな風に豹変しているかをパパは全く知らなかった。もしくは、気づいていてもなにも言わなかった。

 ママは、私と二人きりになると怒ることしかしなかった。

「あんたの顔を見るとイライラする」

 そう言って、私のことを色んなもので叩いた。パパがいる時はにこにこして私にも優しかった。ママはパパのことが大好きだったけど、私のことは大嫌いだった。

 でも、パパが「がん」で死んでしまってから、私とママはずっと二人きりだ。それに、ママのイライラは前よりひどくなった。

 学校から帰ってくるとまず蹴られたから、気づかれないよう静かに家に入った。そうすると、いつからいたのかと頬を叩かれた。

 友達が遊びに来た時、ママはいつもとちがってとても優しかった。だからママの病気は治ったんだと思ったけど、友達が帰るといつものなに倍もひどく叩かれた。それから私は二度と友達を呼ばなかった。友達はママのことをイライラさせるから悪い。私はもっと悪い。

 友達を呼ばず、静かに帰ってきて、蹴られて、与えられた駄菓子を食べて、あとはテレビの前に座っているのが一番良かった。そうしていればママのことを怒らせなくて済んだ。もしママが怒った時は、うずくまって耳を塞いで、時間が経つのを待てば良かった。

 でも、今日はどうしても話したくなってしまったのだ。学校でもみんなが楽しみにしていることがあって、それがテレビの中でも仕切りに取り上げられているから。

「明日、クリスマスなんだって」

 立ち上がって、ママのそばに行って、そう言った。明日は特別な日だから、サンタさんが来てくれて、なにかいいことが起こるってみんなが言っている。だから、私にもいいことが起こると思った。

 ママは今までで一番顔を赤くすると、私のことを蹴って叩いて、それから馬乗りになって叩き続けた。その間中、ママはなにか怒鳴り続けていたけど、私はなんとか耳を塞ぐことが出来たから聞かなくてよかった。

 ……嫌なことは嫌だから、聞かないことにしてしまえばいいんだ。

 ママが息を切らせて叩くのをやめると、腕をぐいと引っ張って車に詰め込んだ。

 

 

■3

 

 ママの運転する車のテールライトが小さくなっていく。

 私は耳を塞いだまま、それが見えなくなるまで待ってから立ち上がった。

 とても寒かった。冷たい地面を裸足で踏んでいるけど、指先の感覚はもうない。

 辺りを見渡して、ここがどこだかわからないことがわかった。ずっと俯いて耳を塞いでいたからわからないけれど、とにかくここがどこか遠いところの山の中だということに間ちがいはなさそうだった。

 周りに誰もいないことを確認して、それから凍えた指を耳からゆっくりと離してみる。

「もう限界だ! 捨ててきてやる!」

 まだ耳の奥にママの声が反響していた。私はパッと耳を閉じた。

「私は男の子が欲しかったのに!」

 

 ママの声は嫌だ。忘れよう。

 寒いのは嫌だ。忘れよう。

 真っ暗は嫌だ。忘れよう。

 嫌なことは嫌だ。忘れよう。

 

 もう一度ゆっくり耳から手を離すと、もうママの声はしなかった。

 代わりに、冷たい風がひゅうと音を立ててそばを通り過ぎていった。

 ママの車は後ろへ走っていったから、私は山を登るしかなかった。

 感覚のなくなった足をどうにか動かしていくと、道の先でなにか白い物が動いているように見えた。歩いていくと、その白い物は道の途中に生えている草をぶちり、ぶちりと千切っていた。

「なにしてるの?」

 私が立ち止まって尋ねると、その白い物は草を千切るのをやめてこっちを見た。

 しばらく眺められていた気がしたけど、やがてその人はこう答える。

「クリスマスイブってのは、不思議なことがあるもんだ」

「え?」

 私はなにをしているのか訊いたはずなのに、その人はまず全然関係ないことを言った。

 

 

■4

 

「薬草をね、摘んでいるんだよ」

「薬草?」

 そんなことをしている人を見たことがなかったから、なんだか楽しそうだった。

「きてごらん」

 そう言って、白い人はまた草をぶちりと千切った。

 寄っていって隣にしゃがみこむと、一本の花を渡された。

「かわいい」

「その茎を絞ると液体が出てくるんだ。手を出して」

 私は言われるままに両手で受け皿を作り、白い人はそこへなに本か茎を絞った。

「飲んでごらん。体にいいんだよ」

 その時初めて、白い人がおじいちゃんで、白衣を着ていることに気がついた。お医者さんが体にいいって言うんだから、私が疑う理由もなかった。

 手のひらに集めた液体をゴクリと飲む。それは少し苦くて、想像していた味とはちがっていた。

「苦いね」

 私が舌を出してみせると、お医者さんは頷いた。

「体にいい薬は、苦いものなんだよ」

 最後にひとつ薬草を摘むと、お医者さんは立ち上がった。

 私も釣られて立ち上がると、膝がかくんと曲がって力が入らなかった。お医者さんが私に薬草を見せてくる。

「この花はヒナゲシと言ってね、磨り潰して出た液体には睡眠作用があるんだ」

 その言葉を聞き終わらないうちに、私は意識を失っていた。

 

 

 

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